軍 隊  —通行する軍隊の印象

萩 原 朔 太 郎

 

この重量のある機械は

地面をどつしりと圧へつける

地面は強く踏みつけられ

反動し

濛濛(もうもう)とする(ほこり)をたてる。

この日中を通つてゐる

巨重の(たくま)しい機械をみよ

黝鉄(くろがね)の油ぎつた

ものすごい頑固な巨体だ

地面をどつしりと圧へつける

巨きな集団の動力機械だ。

 づしり、づしり、ばたり、ばたり

 ざつく、ざつく、ざつく、ざつく。

 

この兇逞(きょうてい)な機械の行くところ

どこでも風景は褪色(たいしょく)

黄色くなり

日は空に沈鬱して

意志は重たく圧倒される。

 づしり、づしり、ばたり、ばたり

 お一、二、お一、二。

お この重圧する

おほきなまつ黒の集団

浪の押しかへしてくるやうに

重油の濁つた流れの中を

熱した銃身の列が通る

無数の疲れた顔が通る。

 ざつく、ざつく、ざつく、ざつく

 お一、二、お一、二。

 

暗澹(あんたん)とした空の下を

重たい鋼鉄の機械が通る

無数の拡大した瞳孔(ひとみ)が通る

それらの瞳孔(ひとみ)は熱にひらいて

黄色い風景の恐怖のかげに

空しく力なく彷徨する。

疲労し

(ぱい)

幻惑する。

 お一、二、お一、二

 歩調取れえ!

 

お このおびただしい瞳孔(どうこう)

埃の低迷する道路の上に

かれらは憂鬱の日ざしをみる

ま白い幻像の市街をみる

感情の暗く幽因された。

 づしり、づしり、づたり、づたり

 ざつく、ざつく、ざつく、ざつく。

 

いま日中を通行する

黝鉄の(すご)く油ぎつた

巨重の(たくま)しい機械をみよ

この兇逞(きょうてい)な機械の踏み行くところ

どこでも風景は褪色(たいしょく)

空気は黄ばみ

意志は重たく圧倒される。

 づしり、づしり、づたり、づたり

 づしり、どたり、ばたり、ばたり。

 お一、二、お一、二。

出典:河上徹太郎編『萩原朔太郎詩集』新潮文庫、1993年3月、105-108頁。()内はルビ。